オーストラリア人カメラマン

オーストラリア人カメラマンLuke Huxhamによって、都内で撮影された、ドキュメントタッチのショートムービー。

当初は、某人気雑誌の企画で、諸星のキャラクターと生き様を世に送り出したい。とのことで制作されたものだが、実際の暴走族を登場させたり、全身刺青の男達を歌舞伎町で撮影するという、あまりに過激な内容から、会社側が公開を中止した。

しかし、撮影したHuxhamが、どうしても世の中に出したいということでYOUTUBEにて公開を開始したところ、4日間で40万PVという記録を打ち出した。

 

プロフィール

 

諸星伸一

東京都板橋区出身

ランボルギーニカスタマイズのパイオニアとして数々のカスタムをプロデュース

2013年、イタリアで行われたランボルギーニ50周年イベントに出場

雑誌 “モーターヘッド” “特選外車情報Fロード”にて連載執筆中

DVD “ランボルギーニパラダイスvol.1、2、3” “ランボルギーニレボリューション”

CD “マイラブ”2014.1

『諸星伸一の☆ NO LAMBORGHINI NO LIFE ☆』

小学生の頃の自転車からはじまり、10代の時は単車のカスタムに夢中になったという諸星。

最初に就いた職業は、なんと長距離トラックの運転手だったというから、驚きとともに、全国の車好きの諸君には、大きな希望と勇気を与えてくれる。

その後、数々の事業をこなし財産を築き、夢だったランボルギーニを手にした。

途中数々の苦難はあったが、諸星のアイディアと行動力で興したビジネスを数え上げると、ライセンス商品の販売から、有名ブランドとのコラボ商品。ネイルサロン。キャバクラ衣装の生産販売。美術品や高級家具の販売店などなど…

その数と幅広いビジネス展開は圧巻だ。

 

「昨今の世の中では、闇金やオレオレ詐欺で大金を手にしている連中も多いが、自分は、商売の方が向いている。」と考えを聞かせてくれた。

 

ランボルギーニの改造について

 

 

憧れてやっと手に入れた一台目から、二台、三台と増えていって、入れ替わり立ち代わり、諸星が、現在所有しているランボルギーニは、3台。全て、諸星のセンスが光る、ド派手で個性的な個体に仕上がっている。

 

―そもそも、ランボルギーニは、どこで売っているんですか?(笑)

諸星:ランボルギーニは、通常、いわゆる外車屋さんですよね。ディーラーとか中古車屋。

 

―そういうところで、こういうランボルギーニの、ド派手な改造って、やってもらえるんですか?

諸星:勿論、やってくれないですよね。最初は、どこに行っても断られていたけど、少しずつ地道に開拓して、育てました。

 

―ちなみに、ランボルギーニカスタムの相場っていうのは?

諸星:んーっ。ざっくり言うと、マフラーで100万、ホイル100万、ウィング50万。とかっていう価格帯。

 

―庶民からすれば車体の値段ですね。じゃ、車体っていうのは…

諸星:車体は、安い物で1000万円くらいからありますよ。上は3000万円から~4000万円。

 

―そんなにするんですか?

諸星:俺が、こないだ買った、世界で100台、日本で5台っていう、”アヴェンタドール アニヴェルサリオ”は、込みこみで7000万円くらい。(写真)

 

―異次元ですね。車の値段とは思えないですよ。(笑)

 

ランボルギーニ100台以上。“世界初ランボルギーニ超改造集団 悪魔集会”

 

諸星は、最初のランボルギーニを買ったばかりの10年ほど前、スーパーカーのミーティングに参加した。

そこで数多くのランボルギーニを目の当たりにすると、「こんなにいるなら、もっと目立ってやろう。」と思ったのが、カスタムを始めたきっかけだったと振り返る。

 

電飾を付けて、爆音のマフラーで改造したランボルギーニで、スポーツカーイベントやツーリングに参加しだすと、行く先々の主催者から、出禁を言い渡されてしまった。

しかし、それでもめげない諸星伸一は、そんなぶっ飛んだ活動を孤軍奮闘続けていた。すると意外にも、それに賛同する仲間がどんどん増えてきたのだ。

それが自然に、諸星をリーダーとして、チーム化し、“世界初ランボルギーニ超改造集団 悪魔集会”になっていった。

悪魔集会は、雑誌、テレビなどでも話題になり、イベントやトークショーなどでも活躍、数々の雑誌でも取り上げられた。

 

結局は、100台という数字まで膨れ上がった悪魔集会。

クラウン100台とはわけが違う。ランボルギーニ100台というのは、まさに前代未聞である。

もともと兄貴肌の諸星のもとには、もめごとの電話が毎日のようにかかってくるようになり、大きなものから些細なものまで、ありとあらゆる問題が飛び込んできた。

急速な成長を遂げた巨大チームは、全く収集がつかなくなり、リーダ諸星の判断で、2008年にきっぱりと解散した。

 

そもそもランボルギーニに乗れて、さらにそれをド派手にカスタムしようと考える人間といえば、自己主張の塊だろう。それが100人も集まったのだから、ただで済むはずもないことは、想像するに容易い。

 

解散後は、また一人でランボルギーニカスタムを続けることにした諸星。

ところが、また自然発生的に仲間が増えだし、現在諸星のまわりにいるランボルギーニ乗りは、100台以上。

再度同じような状況になりつつある。と、諸星は苦笑いする。

 

メンバーの中でも、30代のイケイケの連中は、チームにして名前をつけたくてしょうがない。旗も作りたい、「他のチームをやっつけたい。」と言っている奴まで出てくる始末。

しかし、チーム名をつけて、組織になると、「問題が起た時に、リーダーが面倒なことになる。」という前回の教訓があるので、諸星は「チーム名は一切つけない。」と断言し、「お前ら勝手にやれば。」と我関せずの様子なのである。

ランボルギーニとの軋轢

―今年ランボルギーニは50周年。諸星さんは日本代表として、記念イベントにエントリーされたということなんですが、実際にイタリアまで行かれたんですよね?

諸星:はい。行って1500キロ走ってきましたよ。保険も効かないのに。(笑)

 

―それは怖いですね。全て実費ですか?

諸星:勿論。

 

―それはすごいなぁ。

諸星:ヒーロー扱いでしたよ。そのおかげでアヴェンタドール・アニヴェルサリオを買う権利もゲットできたわけだし。

アメリカから、ドバイから。世界中から350台のランボルギーニが集まっててすごかったですよ。

でも、ランボルギーニの社長から怒られちゃった。(笑)

 

―イタリアでもですか?やっぱり改造し過ぎってことですか?

諸星:俺もお調子者なんで、派手にパフォーマンスしちゃったから。(笑)派手にふかして、電飾つけてたし、ゴッドファーザーのラッパ鳴らして。

 

―それは強烈ですね。

諸星:それでもやり続けてたらね。

そしたら、地元のテレビ局からすごい取材を受けちゃって。その日の夜放送されるでしょ。すると、次のゴールで待っている。それで良い気になって、よけいパフォーマンスをしてたら、最後のゴールでは、マスコミに囲まれて動けないほどになったんですよ。

―地元のマスコミの注目をかっさらったんですね。伝説じゃないですか。(笑)

日本に帰ったら、世界が変わった

 

諸星:それが、行く前はヒーロー扱い。3500万の車持って行っても保険も効かないような状況で、日本から出場するのが全部で数台しかいなかった。

ランボルギーニからは超VIP扱いだったのに、帰ってきたら、手のひら返したように!!

専門誌に「諸星のピンクの車は一切出すな。」って、一斉通達ですよ。

やるはずだった、イベントパーティーまで、全部出禁になったんだから。

―それは徹底しているというか、ちょっと頭来ますね。

 

諸星:それからしばらくして、ショートムービーを撮ったんだけど。※注1

あれ、You Tubeだからさ。世界発信でしょ。そしたらイタリアで、俺の事見た奴らが観たらしくて。

コメントに、「こいつ知ってる!ピンクの諸星だ。」「こいつイタリアで暴れてたやつだ!」とかって書き出したんです。

そしたら、それ見たイタリアのランボルギーニがまた、怒っちゃって、ランボルギーニ・ジャパンに「何で諸星に黄色い車(アヴェンタドール・アニヴェルサリオ)を売ったんだ!」って電話してきたらしい。(笑)、

 

―すでにしていた契約を、取り消されそうになっちゃったんですね。

諸星:そう。結局、ディーラーが必死こいて反論してくれて、車は買えたんだけど。

ランボルギーニ・ジャパンがびびって、俺をさらにシャットアウトしだしてるんですよ。だから、日本1号車で、超希少の新型なのに、一切メディアに出してないんです。

パーティーやるという取り決めまで、没。

―これまた徹底してきましたね。

 

諸星:ランボルギーニ・ジャパンが、諸星を嫌でしょうがないんですね。自分でお披露目パーティをやりましたよ。ド派手に。(笑)

―見たい人たくさんいますもんね。

 

諸星:そうそう。イギリスで、最大の発行部数を持つ、自動車雑誌のトップギアが、特集させてくれって来て、歌舞伎町で撮影してきたんです。日本人で初の特集だって言ってました。

―恰好良いなぁ。ツッパッて戦ってる感じが、まさに不良って感じです。

 

※注1 冒頭で紹介している【Underground Hero Love To Hate Me Lamborghini Bosozoku】

 

―今後の活動は?

 

諸星:もう自分でディーラをやれば?ともよく言われるんだけど、中古車屋としてカスタム屋をやりたいですね。自由に。

今年1月からアパレルも始めたので、そっちにも力を入れたいですね。

 

―挑み続ける姿勢が良いですね。

諸星:懲りないと言われてます。

 

最近僕が、一番おもしろがっているのは、娘悪魔集会という企画なんですけど。

東京には、ランボルギーニの女性オーナーが4人いるんですね。

 

―そんなにいるんですか?一体どんな人達なんですか?

諸星:30代、40代。医者、不動産業、クリエイターとか、様々。

東京で4人しかいないのを、俺が無理矢理喫茶店に集めて結成しました。(笑)

 

世の中に、アイドルはたくさんいますけど、美魔女軍団ってのはあまりいないでしょ?

30代40代というユニットは、おもしろいと思う。

まずは、女性オーナー五人組で雑誌に連載をはじめて、一年やっていますし。調子にのって、CDも作っちゃった。

 

―皆さん、ヤンキーセレブって感じですね。

諸星:それは自分がプロデュースしてますので。(笑)車の改造も。

 

娘悪魔集会は、音楽ユニット名をJSLOM48として、2014年1月10日のオートサロン特設ステージにて、デビューを果たした。

諸星伸一は作詞を務めるとともに、自身もシングルを同時発売。

 

ランボルギーニに対する思い

諸星:アンダーグラウンドヒーロー(記事冒頭の動画)で言っていますが。

10代の頃、国道に黒いランボルギーニが走っていった時に、自分たちは単車に乗っていて。

あんなに恰好良いものに乗りたいなと心打たれたんです。その夢をずっと抱きながら生きてきた。

多少は、悪いこともしてきたけど(笑)その夢を抱き続けることによって、一生懸命働いて、実際に手に出来た。

夢だったものを手に入れるっていうのは、人生において最高のもの。

 

それを若い子たちに伝えていきたい。

悪いことやっちゃだめだけど、目標のために、頑張っていくっていうのを伝えていきたい。

ランボルギーニっていうものを使ってね。

ランボルギーニで、この10年間、いろんなことが起こった。良いことも悪いことも。

イタリアのランボルギーニから出禁をくらうのも、ある意味光栄なんですよ。

こんなちっぽけな一人の人間がね。そこまでなったって。(笑)

 

彫昌(ほりしょう)

東京都豊島区池袋で彫師として活動中。

WARUMONの編集長として、数多くの著名人にインタビューを行っている。