中村うさぎ

中村うさぎ
1958年2月27日
小説家、エッセイスト
福岡県出身
捜真女学校・同志社大学文学部英文学科卒業。
住友系の繊維会社に就職、1年半で退社。
その後コピーライターやゲーム雑誌ライターとして活躍。
1991年 角川スニーカー文庫『ゴクドーくん漫遊記』でライトノベル作家としてデビュー。
現在はエッセイストとして活動中。

2001年 自らの浪費家ぶり(ブランド品の買い物、ホストクラブ通いなど)を赤裸々に書いたエッセイがヒット。
2002年 顔を計12箇所整形し、話題を集めた。
2003年 豊胸手術をし、豊胸前・豊胸後のトップレス写真を女性週刊誌グラビアで公表。
2005年 デリヘル嬢として風俗店で勤務し、体験実録を『新潮45』に掲載。
現在の夫は、香港人で同性愛者。
オフィシャルサイト

まさに壮絶とも言うべき波乱万丈な私生活、の人ならいくらでもいるが、
それを公開して、さらにそれが作品として成立しているというのは、中村うさぎくらいだろう。
稀に見る説得力を持つ作品群の1ファンとして、その生き様を本人の口から聞いてみたかった。
インタビュー

新宿駅を降りると、西口を都庁方面に。 日本を代表する高層ビル群にほど近い、中村うさぎさんのご自宅にお邪魔させて頂いた。
―やっぱすごいトコに住んでるんですね。
中村うさぎ(以下うさぎ):すごいトコってどういうことですか?

―超高級マンションじゃないですか。
うさぎ:いやー。そうでもないですよ。家賃が一番底値の時に借りたんで。(笑)
この人(ご主人)、パソコンで不動産情報見るのが好きなの。

―こちらは、そんなに昔からじゃないんですか?
うさぎ:ここは3年半くらい。

―ここ、最高ですよね。歌舞伎町も二丁目も近いし。
うさぎ:行動範囲が、伊勢丹のデパ地下と二丁目が中心で、遠いところに住むとタクシー代がかかっちゃうから。
前はね、見栄張って麻布とか青山とか住んでたんですけど、どっちみち新宿で遊んでるのに住んでる必要が全くないので、新宿に越してきました。

―僕は、うさぎさんは、30代からずーっと新宿に住んでいるのかと思っていました。
うさぎ:(笑)そんなことない。

スティッフパーソン症候群

―ご病気の時にお邪魔しちゃって、ほんと恐縮なんですけど。
うさぎ:いえいえ。

―ちょっと喋りずらそうですよね。ろれつというか。
うさぎ:そうですね。ちょっと舌がまわらない。

―それは薬の副作用なんですか?
うさぎ:いや、病気の症状だと思うんですけど。

―ヤフーのニュースでも出ていましたけど、スティッフパーソン症候群。
うさぎ:まだ確定していないんですけど、そうなんじゃないかって。

―筋肉が突っ張っちゃったりとか、手足が震えたりとか、そういう感じですよね。
うさぎ:あと、不安とか恐怖とか。精神的な障害も。

―それはスティッフパーソン症候群になったから、精神的に不安定になったんじゃないんですか?
うさぎ:スティッフパーソン症候群 の症状にそういうものがあるみたいですね。

―急に?
うさぎ:急にですね。去年の七月くらいから、なんか体調悪いなぁと思っていたんですけど、あまりにも息切れが激しくなってきたんで、「病院ちゃんと行った方が良いよ。」って言われて、行ったら、その日のうちに入院になっちゃったんですよ。
入院して一週間後くらいから、急に手足が突っ張るようになったりとか、手が震えたりとか、そういう劇症が出て来ちゃって。結局三カ月くらい入院しました。

―意識不明にもなられたんですよね?
うさぎ:うん。その間三回くらい死にかけちゃった。

―珍しい病気ですよね。
うさぎ:そうなんですよ。あんまり例が無いんで、治療法も確定してないし。

―で、さらに確定していないスティッフパーソン症候群かどうかも、解らない。
うさぎ:そうそうそうそう。

―今の症状は、歩けない?
うさぎ:自力で一人では歩けないですね。車いすが大体で、あとは杖ついて、夫に支えてもらって。

―退院許可は出たんですよね?
うさぎ:入院しててもすることが無い。薬飲んでるだけですから。
確たる治療みたいなものが行われていないので、とりあえずは、死にかけたけど生き返ったし、もう大丈夫だろうって感じで。

―急にまたパタッと意識不明になるっていうことも?
うさぎ:解んないですね。あるのかな?

―タバコは吸ってて大丈夫なんですか?
うさぎ:いけないです。(笑)

―お酒は?
うさぎ:お酒は飲まない。もとからあまり飲まないんで。

―え?そうなんですか?意外ですね。
うさぎ:そう、みんなに言われます。
経歴

―プロフィールを見せて頂いたんですけど。
うさぎ:小学校の2年生から横浜です。中、高と女子高行って、大学は京都です。大阪に住んでて。

―大学卒業後は、普通の会社に就職して、経理って書いてありましたけど。
うさぎ:経理じゃないですね、営業部です。

―ここまでは、普通よりちょっと真面目な方というか、お嬢様っぽい感じですよね。
うさぎ:ま、女子高出身ですしね。

―で、1年半で会社を辞めちゃって、文章書くのがお好きだったっていうことなんですね?
うさぎ:好きっていうか、得意なんで。手に職があった方が良いかなと思って。
丁度時代がバブル前夜くらいで、広告業界がすごく活発だった。糸井重里とか林真理子だとか。その辺の人がスターになりかけてる頃ですね。

―そうこうしているうちに、ライトノベルで売れたんですよね?その辺りのいきさつというのは?
うさぎ:コピーライターやってる頃に、バブルが完璧にはじけてはいないんですけど、ちょっと陰りが出てきて。
当時私は、趣味でゲームを良くやってて。好きなゲーム雑誌だったら、ゲームやって、文章書いてお金貰えたら、すごいラッキーじゃないですか。
そんな甘い考えでゲーム雑誌のライターに転向しちゃって。

その仕事をやっている頃に、ライトノベル界に、ドラゴンクエストっていうゲームの影響で ファンタジーブームが来るんですね。
ファンタジーって、今まで学園ものとかラブコメ書いてた人は、知識が無いから書けないんですよ。
それで、ゲームライターにライトノベルで書かないか?みたいな声がかかるようになって。
書いてみたら、当たっちゃったんで、そのまんまライトノベルに転身しちゃったんですよ。

―なるほどー。ちょうど時代の流れにきれいに乗っていますよね。
うさぎ:そうですね。今振り返ると、意識的では無かったけど、「あのまんま広告業界にいたら、もう船が沈んでたなぁ。」みたいな。
次の船に飛び移った後に、後ろ振り返ったら、「あ!」みたいな感じでしたね。

―まさに成功者の体験談ですね。
うさぎ:いや。(笑)成功者っていうほどのもんでもないんですけど。

買い物依存症

―それからのうさぎさんは、みなさんご存知の、エッセイスト?
うさぎ:そう。エッセイストですね。
その“ゴクドーくん漫遊記”っていうのがマンガ並に売れて。それまでにはありえないような金額の印税が入るようになって。いきなり大金が入っちゃったんで、何に使おうかなと思って。

―33歳の時ですよね。
うさぎ:はい。で、ちょっと魔がさして、シャネルの革のコートを買ったのが運のつきで。それから買い物が止まらなくなっちゃって。

―本にされてますよね。
うさぎ:編集の人とごはん食べてる時に冗談交じりに、「わたし、こんな服着てるけど、今水道止められてるんだよね。」って言ったら、「それ、あんまり、ばかばかしくて、おもしろいから、エッセイに書かない?」とか言われて。
ライトノベル系の雑誌に「私の買い物依存症」の話しを書いたら、同業者とか、編集者とか。大人がおもしろがっちゃった。
同性愛者の夫

うさぎ:当時わたしは、新宿二丁目で遊んでたんですけど。
しばらくは本当に、まわりがホモと女しかいないみたいな。ふつうの男の人と遊ばないっていう。
そういう三十代過ごしてました。

主人とは、新宿二丁目のホモバーで知り合って。彼はゲイなので。
彼は当時、香港から留学してきている学生で、私もこんな自由業じゃないですか。それでお互いに時間が自由で、良く2人で飲みに行ったりしてたんですよね。
それで、すごい仲良しだったんですよ。

それから何年かして。この人が学校卒業して、スチューデントビザが切れちゃうってなって、ワーキングビザに簡単に切り替えるのが、結構厳しい状況で、入国管理局に一緒に行ったんです。
その時のオヤジが、すごい嫌な奴で、「周富徳とか、有名な料理人とかいうんだったら別だけど、大して手に職も持っていないような外国人がね、日本に留まるには、ま、日本人の女と結婚するぐらいしかないんじゃない?」みたいな言い方をしやがったんです。
なんか、この人よりあたしの方がカチンと来ちゃって、「じゃ、結婚すりゃ良いんですね?」みたいなことを言ってしまったんです。
その入管の帰りに、「あんなこと、はずみで言っちゃったけど、どうする?」ってなって。
ま、あたしも当時バツイチで、もう二度と結婚はしないと思ってたから、
「あなたが日本にいるために必要だったら、別にあたしは良いよ。全然かまわないから。」
って言ったら、「そうね。」みたいなことになって。それで、ま、結婚したんです。

―旦那さん、どっちもとかじゃなくて 女性全く駄目ですか?性的関係はもちろんない?
うさぎ:はい。女性は全くダメですね。だからもちろん性的関係は全然無いです。

―OL出身でライトノベルで売れた女性作家のうさぎさんと、香港から来ていた留学生でゲイの旦那さんが、二人でいっつも遊んでいたってことなんですね。
うさぎ:そうそう(笑)

―結婚は、自然と言えば自然なながれですね。
うさぎ:ま、あんまり後先考えないで結婚しちゃったっていうのはあるかもしれないですね。

―でもお互いに必要だったわけだし。
うさぎ:最初は、彼が日本にいられるためにと思ってただけなんで。別居してたんです。
近所に住んでたけど、お互いに一人暮らしが長いし、一緒に生活して喧嘩しちゃったら嫌じゃないですか。
でも、この人がちょっと体調壊したことがあって。その時に、やっぱり一緒に暮らしてた方が、病気になった時に良いかなと。で、一緒に暮らすようになって今に至るわけですね。

―初めは「遊び友達がいなくなるのが寂しいから。」くらいで結婚したけど、なんか、してみたらセックスは無いけど、セックスがある夫婦よりも、関係が深くなっていますよね。
うさぎ:そうですね。やっぱり。なんか家族みたいな感じ。

続き【インタビュー中村うさぎ ホスト/整形/デリヘル編】を読む。

Interviewer Profile
彫昌(ほりしょう)
東京都豊島区池袋で彫師として活動中。
WARUMONの編集長として、数多くの著名人にインタビューを行っている。
タトゥースタジオ SEEK

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